Posts categorized "東日本大震災"

仙台・宮城災害ボランティア活動8(活動前日)

続きです。
(みやぎ連携復興支援センター)
講演会が終わった後、連日開催しているという「みやぎ連携復興支援センター(通称:みやぎ連復)」連絡会議にゲストとして見学させていただきました。

被災者支援なために多くのNPOが立ち上がり、それぞれが被災者のニーズに対応するために自らの役割とその強み弱みを認識して連携を模索していく中で形になったのが「みやぎ連携復興センター」。
宮城県内外の情報・支援センターとして、被災者情報の収集、ニーズの把握さらには被災者を直接支援するNPO法人、団体からのニーズの集約等を行い、救援から復興への道筋を進めていくためのNPO連携組織としておもに次の5団体を中心に設立されたとのことです。(いただいた資料より)

今回の会議には、NPOセンター、つなプロ、JPF、PSCのメンバーが参加し、NPOせんたーから対外向メッセージの案が提示されておりました。(内容省略)
ほっぷの森」の白木さんから昼食をご一緒した際にこの連携についてはうかがっておりましたが、白木さんとしては、これからは各団体の連携が整理されていく中で、被災地のニーズも変化してきており、物資面だけでなく相談支援やこころのケア、障害者支援、スポーツ、音楽、教育、こどもたちの遊びへのサポート体制を作っていく必要があると考えているそうです。

以下に各団体の概要と活動状況を紹介します。(いただいた資料及びWEBサイトより)

NPO法人せんだい・みやぎNPOセンター
仙台・宮城地域の市民活動団体支援を行っている中間組織。被災地と様々な専門性を持つNPOや企業をつなぎ、被災者を支援するプロジェクト(みやぎ連復定例会)を進める。
定例会の様子/4月28日

被災者とNPOをつないで支える合同プロジェクト(つなプロ)
県内600ヵ所避難所のアセスメントの実施により、物資供給・避難所運営支援など避難所生活を総合的に支える「広く大きな」支援と連携しながら、特別なニーズを持つ少数の被災者(*)への「ピンポイント」な専門的支援を中心に、専門NPO・機関などと連携して支援を実施。
(*)アレルギー・難病患者、障碍者、外国人、軽度の要介護者
精神的要支援者、妊産婦、女性への配慮等
活動状況その1その2

認定NPO法人ジャパン・プラットホーム(JPF)
海外で災害・紛争後の復興支援を行うNGO/NPOのための中間支援をしているNGO。32団体が加盟。現地NPOとJPFに加盟している団体との調整や海外の国際的NGOとの調整を実施する。
活動状況その1その2

公益社団法人仙台青年会議所(仙台JC)
宮城県内各地の青年会議所や日本青年会議所と連携し、被災地への支援物資の調達、災害ボランティアセンター(ボラセン)との連携を行う。
活動状況その1その2

一般社団法人「パーソナルサポートセンター(PSC)」
前回説明しました。
反貧困みやぎネットワーク、仙台JC、ワンファミリー仙台、ふうどばんく東北AGAIN未来環境福祉ネットワーク、ほっぷの森、などが参加。
避難所のニーズに応じて全県域に物資支援、炊き出し支援を震災直後から実施。復興センター及び物流センターの管理を担当

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仙台・宮城災害ボランティア活動7(活動前日)

続きです。
(パーソナルサポートセンター)
一番町での大震災復興支援チャリティコンサートの様子を拝見(拝聴)した後、再び仙台弁護士会館へ。
こちらで「パーソナルサポートセンター」設立記念講演会が開催されるとのことで受付、会場設営の簡単なお手伝いをしました。

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講師は、2008年暮れの年越し派遣村の村長で有名となった反貧困ネットワーク事務局長の湯浅誠氏。湯浅氏はパーソナルサポートサービスを内閣府参与・緊急雇用対策本部貧困・困窮者支援チーム事務局長として、政策立案、推進の立場にあり、また、東日本大震災後にボランティア活動の壁となる縦割り行政を解消し、民間団体支援にむけての情報発信をする目的で設置された内閣官房震災ボランティア連携室長となっています。
震災後1ヶ月が経った時点での心境を含めて被災者支援の在り方、また被災地仙台でパーソナルサポートセンターが担う役割の大切さについて講演されました。
湯浅氏の貧困問題に対する取り組みについてはほとんど知りませんでしたが、今回のボランティア活動を通じて、少し知ることになります。年越し派遣村の村長をつとめ、その後内閣府参与に登用されさまざまなバッシングもあったようですが、貧困問題や今回の大震災に対しても真摯に取り組まれているのだと思います。

助けあいジャパン(内閣官房震災ボランティア連携室のサイト)

湯浅氏の話はさておき、仙台の「パーソナルサポートセンター」とは、さまざまな理由で生活に困窮している人に対して、生活・就労面で個別に支援するワンストップサービス「パーソナル・サポート・サービス」の実現を目指すための中核的役割を担う一般社団法人形態のNPOです。
パーソナル・サポート・サービスでは福祉・雇用分野にまたがる「個別的・継続的・包括的支援」を目指しており、各都道府県に積まれた基金(緊急雇用創出事業基金)を活用するため、申込は都道府県と政令市・中核市ですが、各地のNPOの協力なくしては実現しない行政サービスです。
仙台の「パーソナルサポートセンター」はその受け皿となるべく、社会的に困窮状態にある人たちの生活支援を行い、就労を通して社会的自立を支援するために寄り添い型かつ伴走型の支援を目的としてすでにこれまで地域支援活動を実践してきたNPO諸団体が集まって設立されました。
白木さんのほっぷの森や今回ボランティア活動に参加させていただいたワンファミリー仙台もメンバーです。
内閣府の資料によれば、事業化に当たりこれまで2回のモデルプロジェクト募集が行われて、先行している5ヶ所のモデルプロジェクトに続いて、2次募集で13ヶ所の自治体から計画書が提出され、合計全国18ヶ所の自治体で実施に向けて具体化作業に入っているようです。大震災の被災地では岩手県が入っておりますが、仙台・宮城はその次に続くものと思われます。

最後に感想としてもうひとつ。
厚労省には障害者を対象とした障害者就業・生活支援センター事業がありますが、事業モデルとしては障害者に対するワンストップサービスを目指しており、また介護保険法による地域包括支援センターも在宅介護を中心とした高齢者へのワンストップサービスを目指していると思うのですが、利用対象者が違えど「パーソナルサポートサービス(PSS)」事業も同じ事業モデル形態のような感じがします。今回の活動を通じてPSSの利用者には、知的障害や発達障害のある方、高次脳機能障害を受けた方も対象となるケースがあるようです。なんだか、ここら辺に縦割り行政による仕組みの分断を感じてしまうのです。

詳しい内容を知りたい方は次の内閣府の資料をご覧ください。
セーフティ・ネットワーク実現チーム(第5回)資料 平成22年12月10日(金)
パーソナル・サポート・サービスについて
モデル・プロジェクト(第2次分)募集結果について

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仙台・宮城災害ボランティア活動6(活動前日)

2011年4月10日(日) 活動前日
(帰宅後の日記)
仙台での被災地支援ボランティアの活動については日記に書きましたが、今回の活動を仲介いただいた「ほっぷの森」の白木理事長に今回のNPO諸団体の取り組み状況についてご案内いただいた内容の報告が残っておりましたので、遅くなりましたがその辺のあらましをいくつか書きとめておきます。

仙台入りしたのは9日の午後でしたが、そのまま仙台駅から山形行の高速バスに乗り、山形市内の叔母の家に1泊し、翌10日再び高速バスにて10時ごろ県庁・市役所前に降りました。

勤務先の事務所を訪ねた後(勤務先からもNPOへ緊急支援物資の提供をしてもらいましたが、今回は有給休暇を取得しての活動、作業服借用のため休日出勤の担当者を訪問)、予約していたホテルに荷物を預けて、昼前に白木さんのいる仙台弁護士会館へ。この日は、こちらで一般社団法人パーソナルサポートセンターの設立総会と記念講演会が行われるとのことでしたが、総会終了後、講演会までの合間にほっぷの森がこれまで力を入れて活動してきたアートインクルージョン実行委員会による大震災復興支援チャリティコンサートが一番町というアーケードのある繁華街で開催されるとのことでご一緒して拝見しました。

このコンサートは大震災により被災された方々へ向けて、音楽をとおして希望と新たな光を見出す勇気を仙台の街の人たちと一緒に感じゆきたいとの趣旨で企画されたとのことです。一番町商店街の3ヶ所にて、4月2日から毎週土日に6月いっぱい県内の学校をはじめとした様々な合唱団の合唱により募金活動が行われています。

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女子高校生たちの清らかな合唱を聴いていて、自然と明日から自分も一緒にがんばりたいと勇気づけられました。

YouTube(仙台三桜高校の皆さんの合唱)
「大震災復興支援チャリティコンサート」(1)
「大震災復興支援チャリティコンサート」(2)

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仙台・宮城災害ボランティア活動5(5日目)

2011年4月16日(土) 第5日目
(活動後の日記)
最終日(土曜日)は、気仙沼、南三陸町へ物資を配送しました。 相棒は釜ヶ崎支援機構と岐阜県をフィールドとされているNPO地域再生機構からいらっしゃった方と3名で乗車。

気仙沼高校と気仙沼市民会館へは、調査担当のNPOからの情報により、お年寄りのためのリハビリパンツと紙おむつを届けました。市民会館は初めて行きましたが、こちらは他県から派遣された方々、外国人ボランティアの方々などがスタッフに参加されておりそれなりの体制は整えられている様子でした。受け取って下さった看護師さんも他県から災害された方でした。

もう一か所は、南三陸町に近い本吉地区にあるジーンズ縫製工場を拠点として在宅避難されている避難所を訪問しました。地区の在宅避難者(約30世帯、110名)の拠点になっているということで、電気、ガス、水道全てがまだ復旧していないとのこと、要望のあったラップ、プラ容器の他、火は使えるということでしたのでお持ちした冷凍肉や野菜、調味料なども大変喜ばれました。受け取った物資は、避難所関係者だけでなく、他の避難所から自宅に戻った(返されたという言い方でした)在宅の方々が物資の不足に困っているため、避難所では日曜日に青空市を開催して、周辺在宅避難者への提供の機会を設けているとのことでした。他地区の在宅の避難所の方たちは布団もなく困っているとのことで布団の掛敷を少しでもいいから提供してほしいとの要請がありました。自分らだけがいいという考えでなく、周辺のより生活困難の状況にある人のことを考えている避難所対応窓口の方からの話は、東北人気質のようなものを垣間見た気がしました。

なお、避難所となっている場所はLevi'sの縫製を手掛けるマニアからは名の知れた縫製工場だそうです。今回の津波で海岸近くの倉庫からは製品のジーンズが全部流されてしまったそうで、海水に漂っていたものを回収して工場裏に積んでありました。海水と泥で商品としてはもう扱えないので高価な作業着になってしまうのではと避難所の窓口の方がおっしゃってました。ネット情報によれば社長は工場再開はあきらめていないようです。ぜひともがんばってほしいです。

今日のニーズの確認では、これからは春物の服がほしくなってくるとの話が数か所で聞こえました。季節が変われば服装が変わるのは当たり前のことですが、当然必要物資としても出てくる話ですね。他の地区を回られた方からの報告では、日差しが強くなるにつれ女性のファンデーションなどの要望もでてきているようです。当然ですよね。

4か所目は南三陸町歌津の老健施設です。お年寄りむけの副食や卵、お菓子などを届けましたが、利用者が100名程度いるとのことで出来るだけまとまった数でいただければありがたい、また、ヨーグルト、ゼリー、牛乳などは日常的に必要としていたのでいただけるとありがたいとのことです。
職員の皆さんも被災者であるため職員の方向けということでお渡しした物資も大変、感謝されました。南三陸町は、壊滅地区の様子がテレビでよく報道されてきましたが、橋が落下し道路崩壊により、アクセス路が寸断された孤立地区も多く、困窮状態が続いて大変な状況であったと思われます。一部で電気も通じましたが、ライフラインは確保されておらず、引き続き民間物資の支援の必要性を感じました。

南三陸町は時間があれば中心部の南側沿岸地区になる戸倉地区も訪れる予定でしたが、時間がきてしまいまたの機会になってしまいました。

本日で私の支援活動はおしまいです。本当に心残りです。
これから仮設住宅移転や集団移転の話が出てきます。それはそれで大きな問題がありますが、小規模避難所、在宅避難者については行政では対応しきれていないのが現実であり、ニーズの変化に対応する継続的な支援活動が必要であると思います。

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仙台・宮城災害ボランティア活動4(4日目)

2011年4月14日(木)第4日目
(活動後の日記)
こんばんわ~
4日目の活動について

前日に引き続き、石巻方面の避難所に支援物資を届けて、新たなニーズの確認を行ってきました。
駐車場を避難所にしていた方々へは、カセットコンロや給水タンク、食料をお渡しし、炊き出しの要望を伺ってNPOの方で準備することになりました。
自作のお風呂や簡易トイレもあり、自分たちで炊事をされている保育所へは調味料を届けて感謝されました。

今日は新たに牡鹿半島の沿岸沿いの個人宅を避難所にされている2ヶ所へ初期情報を元に物資提供と改めてニーズ確認を行いました。
被災された14世帯ほどが3つの個人宅に非難している避難所では、ストーマ(人工肛門)で排泄されているおじいさんの交換する装着具がなくなり困っているということで交換時期がきているものを洗って使っている(生活用水は沢の水)という衛生上も問題がある様子であったため、装着具の品番を事務所に連絡して支援物資としての手配と看護士資格のあるボランティアの方がいるとのことで連絡調整をお願いしました。

もう1ヶ所は小さな漁業集落で高台の1件を残して全部の家が被災し、その個人宅を避難所とされていた4世帯のところに伺いましたが、こちらは食料や生活用品のニーズもさりながら電気、ガス、水道すべて復旧していない中で、お風呂に入れない状況を何とかしてほしいという切実な要望がありました。これまで使える車を相乗りしてなんとか街中の銭湯まで出かけてお風呂に入れたのが1ヶ月過ぎてももまだ2回しかないそうです。とにかく清潔面から生理的欲求がもう我慢できない限界に達している状況がうかがえました。他小規模避難所において、手作りの仮設風呂が設置されている避難所をいくつは見かけましたが、半島の先端にちかい孤立集落においては、そこまでの支援が行き届いていない厳しい現実がありました。電気が復旧すればなんとかなるそうですがそれがいつになるのか、NPOでできる支援の限界も感じました。

あともうひとつ、石巻高校の避難所を中心として活動されている石巻子ども避難所クラブを訪問しました。ご自身も自宅が全壊で被災されているのに、避難所の子供たちのために一生懸命頑張っている方がいます。有志の先生2名方と大学生のボランティアで続けられているとのことですが、周囲からがんばりすぎている様子を大丈夫かと心配する声もあがって、NPOに伝わってきたようです。佐藤先生のような支援のプロの活動とは違った手作りの活動でしたが、21日からの学校が始まった後も学童クラブのような形で継続していければと先生の一人がおっしゃられていました。

これが木曜日の活動です。金曜日は、避難所ニーズに区切りができたのと倉庫の整理もあるとのことで支援物資の配送はお休みとなりました。ずーっと休みのなかったボランティアで参加している人たちもいてたぶん初めて休日となったようです。

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仙台・宮城災害ボランティア活動3(3日目)

2011年4月13日(水) 第3日目
(活動翌日の日記)
おはようございます。
今日は全国的に暖かくなりそうですね。

さて、昨日の活動ですが、石巻と東松島方面に支援物資を届けてきました。
市民キャビネットという団体にボランティア登録されたさいたま市からきた方とペアになりました。

場所は保育所にある小規模避難所と市民の森の駐車場に避難されている方々、地区全体の2/3の約400世帯が床上浸水した地区の方々へ物資を配っていらっしゃる市民センターの3箇所です。
保育所では約40名の方が生活されており、ライフラインがまったくなかった当初は、小規模避難所までは支援物資がしばらく届かず大変厳しい生活を強いられていたそうです。今、ようやく電気が使えるようになり、NPO諸団体からの支援物資によりようやく最低限の生活が維持できるようになったとのことでした。

市民の森の駐車場に避難されている皆さんは、家が住める状態になく、車が残った近所の方々が夜だけ集まり車上で避難生活されているとのことで、物資もパンやおにぎりが確保できているだけで、支援物資が足りないだけでなく、炊き出しもなく、焚き木を集めて火をおこすか、駐車場までようやく電気がくるようになりひとつある電子レンジを交代で使っているという非常に厳しい避難生活が続いている様子です。

東松島市の市民センターでは、地区の若い人たちが自分たちで地区の住民へのサポートをボランティアを交えて行われており、窓口になっている方から地区のお年寄り世帯へ配慮した支援物資の提供方法や復興に向けて自分たちの手で地区を再生して行くために復旧工事も仕事をなくした人の雇用確保とそのための支援の関わり方などの話を伺い、今後は単純な物資提供だけではなくその地区の状況に応じた支援の内容が変化してきていることを感じました。

3ケ所への支援物資配送の後、七ヶ浜町国際村と2箇所の避難所で被災地の子供たちのサポートを実践されているここねっと発達支援センターの佐藤秀明先生をお尋ねしました。クッキーやラスクなどお菓子や水をお渡ししてとても感謝いただき恐縮しました。
佐藤先生は震災直後に七ヶ浜町の10ヵ所の避難所を5日かけて巡回し、しっかりアセスメントした上で4ヶ所で活動を始められたとのことです。 震災こどもサポートプログラムを組みスタッフ7名と避難所および在宅避難の子供たちをきめ細かくサポートされている様子をスタッフミィーティングに参加させていただき伺うことができてとても心強く思いました。
今、参加している子供たちの感情は、不安感→安定感→安心感→期待感の4段階で期待感へ移行するぐらいの段階に来ているそうです。スタッフと一緒に活動する中で笑顔が出てきて遊びの中に学びの姿勢が出てきているとの報告を聞きました。学校が始まるのは4月21日、サポート記録は学校の先生方にしっかり引き継ぐとのことです。この機会に佐藤先生に会えて本当によかった。
お互いがんばりましょうとしっかり握手しました。

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写真は石巻市の「石ノ森萬画館」、旧北上川の中州にありますが従業員全員無事避難されたとのこと。

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仙台・宮城災害ボランティア活動2(2日目)

2011年4月12日(火) 第2日目
(活動後の日記)
今日も気仙沼高校へ支援物資を届けてきました。
物資はやはり掛け敷き布団とラグマット、あとラーメンやレトルトカレーなど、あと、子供たちへなわとび100本をリス号1台とセカンドハーベストジャパンというフードバンクが手配して東京から来た4T車で昨日の3倍ぐらいの物資を運び入れました。セカンドハーベストは食品類をかなり大量に調達されているようです。

物資配達の後、4T車から帰りに仙台まで同乗願いたいとリス号に移ってこられた「チームむかご(地元の農林水産品を食材として発掘して料理として紹介する活動をしている団体)」のスタッフが被災地支援の企画があるということで港に近いところにある喫茶店のマスターをたずねました。この方は津波被害を受けて九死に一生を得たという方でしたが、被災後翌日から自衛隊が来る2週間後までの間、仲間と毎日600食の炊き出しを行ったというすごい人でした。ようやく電気がきて音楽を流しながらスタッフたちと店の片付けと清掃しているところをおじゃましましたが、「気仙沼を応援してくれる外からの人がいればどんどん協力する」という言葉から地元復興の執念を感じました。

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3日目は石巻と東松島の避難所を回る予定になりました。
また報告しますね。

昨日、今日と被災地域の惨状も見てきているのですが、一ヶ月たった今でもその爪跡が残ったままの場所があまりにも多く言語に絶する光景を目に焼き付けてきました。この光景はずっと自分の中にずっしり重い思いとして残り続けると思います。

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仙台・宮城災害ボランティア活動その1(初日)

この日記は2011年4月10日から4月16日まで仙台を拠点にした宮城県内における地元NPOにおける被災者支援活動にボランティアとして参加した時のものです。mixiに日記として記録したものを少し整理した形で記事として順次アップします。

2011年4月11日(月) 第1日目

(出発前の日記)
今日からみやぎ連携復興センターというNPO諸団体が連携して大震災の発足したネットワークハブの中でワンファミリー仙台というNPOで被災地への物資配送を担当するメンバーに参加することになりました。

今回の活動参加についてつないで下さったのは ほっぷの森の白木さん。一昨年、仙台に出張した折、ほっぷの森が運営している自立支援法における就労継続支援A型事業所のレストランびすたーりをお訪ねして、ほっぷの森のお話をうかがったことがあったため今回の大震災後に安否の連絡をさせていただいたのがきっかけです。ちなみに、”びすたーり”とはネパール語で”ゆっくり”という意味があるそうです。古民家を再生した木のステキな建物でしたが、今回、建物自体は無事で、既に営業を開始したとのことです。

さて、活動内容ですが、予定は前日の夜に決めて朝9時に動き出します。今日は気仙沼に送り届けます。仙台・宮城のNPO諸団体のネットワークは素晴らしいです。被災後2週間でみやぎ連携復興センターを発足させて、それぞれが有機的につながり動いております。今回の活動参加について、つないで下さったほっぷの森の白木さんはその要になっています。

(活動後の日記)
予定通り、気仙沼へ支援物資を送り届けてきました。
配送場所は避難所となっている気仙沼高校の体育館で、ここは支援物資の一次受入場所となっており、自宅避難や小さな避難場所の被災された方々へ地元商工会議所青年部が、3台の車で個別に配送するシステムになっているそうです。全国の青年会議所青年部が連携してどんどん現地へ救援物資を送っているようですが、食料品、基本的な生活用品もまだまだ足りないようで、私の手伝っているNPOワンファミリー仙台でもここのところ連日、配送しているそうです。

ワンファミはホームレス支援活動を行っている団体で全国ホームレス支援ネットワークグリーンコープ、その他NPO諸団体からの提供された支援物資を受け入れ、宮城県各地へ配送しています。最初は仙台市内で被災者への炊き出しから始まったものがいつの間にか諸団体からの受入物資が増えて大規模避難所など物資の流通が確保できる場所ではなく、ライフラインが復旧していない小規模避難所や福祉施設、病院、緊急避難場所となった場所を把握して送り届けているようです。

ライフラインが復旧していない被災地ではまだまだ生活物資、食料品なども必要とされており、避難生活が長期化するに伴い、精神的にも負担がさらに増してきているようです。とりあえず食料が確保され行き渡ると生活用品のニーズが高くなり、生活用品が行き渡ると再び食料が必要とされるなど、その時々の状況変化でニーズも変化していくそうです。

今回運んだ物資は掛け敷きふとん、ラグマットそれぞれ50組、片付けや避難所などで生活スペースが増えると毛布だけから布団が使えるようになるのでお年寄り優先で配布されるようです。
配送に使用した1T箱トラは、鳥取グリーンコープが食料品を積んで来てそのまま落ち着くまで使って下さい、と2台提供されたものでメンバーはリス1号、リス2号と呼んでいます。質問したらみんなに爆笑されましたが、ボディに描かれた元気君というキャラの名前がわからず、とりあえずリスって呼ぶようになったそうです。

写真は気仙沼高校でのリス1号です。
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ワンファミリー仙台の活動報告blog

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