日本一に登る(2)頂上へ
山頂付近はミゾレの混じる突風が吹き荒れる悪天候に身をさらす状態で雨風を避ける場所もなく吹きっさらしの中でとても寒かった。強風に耐えじっとしているとどんどんと体温が奪われているような気がする。もう、日の出の時間はとっくに過ぎていたが、薄明るさはあっても濃霧で周囲は何も見えなかった。
中3の長男と同伴してくれている二人のうら若き女性たちは、先を歩いてもう見えない距離になっていた。既に9合目の小屋跡のようなところ過ぎていたので標高はもう3600mを超えているはずだ。小6の次男は、カミサンのレインコートのフードを被り、タオルで顔を覆いメガネだけを光らせていたが表情は見えなかった。「お父さんもう帰りたいよ~。」と何度も何度も訴えられた。でも、もう登山道を降りる勇気を出すより、頂上を目指す方が息子への励ましになると思った。登山専用道を下る方が危険を感じた。
歩みを止めた息子を待つ時間が多くなった。ときどき肩から抱きかかえて「もうすぐ頂上に着くからがんばろう。頂上に着けば小屋でゆっくり休めるぞ」と励ました。息子もあきらめたように思い直して「あと何分歩くと頂上なの」という問いを発する。「そうだな~、あと40分かな。がんばれ」などと励ますのであるが、一向に残り時間が減らない。何度これを繰り返したのだろうか。今ではもう思い出せないが、とても長い時間に感じられた。次男は、ただ、私のあともう少しだよという声だけを頼って(騙されて)寒さに震えながら何とか足を前に出しているという様子だった。
火山性のざらざら石が足元で崩れ、次男は何度もころびそうになった。手助けなしで、自力で登ってもらいたいと思い求めてくる手を振り払って励ましていたのが、いつの間にかしっかりと手をつないで一緒になって歩いていた。
うなる風音と一緒に何か上の方で大勢の声が聞こえるなあと感じ、確かに人の声だとわかるぐらいになったところで見上げると鳥居のようなものと石垣が見えてきた。ようやく久須志神社の鳥居が、強風の濃霧の中に現れたとき、上から聞き覚えのある声が聞こえた。もう少しだよ~、がんばれ~という意味の「キラシマさん」と「う~さん」の二人の応援の声だった。長男の声も聞こえた。私は、胸がいっぱいになって感情が高まり「うぉー」という声にもならないようなうめき声を発していた。自然とあふれそうになる涙をこらえるのに懸命だった。次男にも「頂上だぞ」と声をかけ、手をしっかり握りしめ、一歩一歩ゆっくりとそして確実に踏みしめながら歩んだ。
7月19日(月)午前6時30分。本7合目の見晴館を午前1時30分に出発してから5時間が経過していた。次男と私は、とうとう須走口からの富士山頂に到達した。
私にとっては31年ぶりの場所であった。
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