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August 2004 posts

日本一に登る(6) 5合目到着

富士登山初日の様子はようやく出発したところまで書いたかな。
初日は、ふじあざみ道路を須走口登山道5合目の駐車場まで登って到着です。従って歩きません。
少し、記憶も薄れてしまった。。。5合目到着までは、トラックバックしてくださったきらりんしまさんの
を読んでいただいた方がおもしろいかも。^-^;
ということで手抜きです。(^^ゞ
富士山については、もっともっと書きたいことがありました。
いまさらという感じはあるのだけれどもぼちぼちまた書こうと思っています。

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blogのテーマは何?

blogをとりあえす始めたのはいいのだけれど、タイトルは「おやじの戯言」ということで「つれずれなるままに」といっても知らない人にとっては何の興味も涌かないサイトだな。ま、日々思ったことを日記調にと思って始めてみたけれども続けるということは大変なものだ。というか、日記などつける習慣のないおやじがあれこれ考えて書いていて自分自身が行き詰るようではいけない。そこには、せっかくだから他所様に見てもらいたい気持ちも潜んでいるんでいるからだと思う。

なんだかんだ書きたいことがあっても、やっぱりテーマや特色を自分ではっきりさせていないといけないんだなとつくづく思う。ということでスタンスは変わらないんだけれどもこのblogを続ける上での自分のポリシーみたいなものを少し整理してみたいと思いました。^-^; とりあえず、プロフィールのところに書き込んだ内容を改めて確認しました。

「興味のあること」には、
1.自閉症・発達障害児に対する地域支援のネットワークつくり,
2.通常学級と特殊学級の間ぐらいにいる子の(特別)支援教育,
3.子どもの就労に向けての情報収集,
4.障害児のおやじたちのネットワークづくり,
の4つがあります。ここら辺については、今考えていること、やっていること、これからやりたいことについて整理してから取り上げて見たいと思っています。

「趣味」に関しては、それこそ「戯言」として気ままに思いついたことを取り上げて書いてゆきたいと思います。

趣味:昔の趣味→スキー、登山
  今の趣味→歩くこと、ダイエット、献血、地域活動、
        子供と遊ぶこと、オフ会

あと「目標」 に関しては、じぶんを取り巻く環境の中で今ちょっと自分を見失いがちな状況があるため、これからの自分自身を見つめながらもっと具体的に考えてゆきたいと思います。

とりあえずは、こんなところかな。


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長男の小冒険-3

長男は19:30、新幹線で無事、東京駅に到着。中央乗換え出口の改札で待っていたのですが、私の顔を見つけて手にお土産袋を提げて勇んで駆け出してくる姿を見てホッと胸をなで下ろしました。

ところで、改札を出た後、山手線ホームへの階段を登る前に、本人切符を持っていないことに気がつきます。あわてて新幹線出口まで戻ると改札では駅員さんが自動改札機からちょうど切符を回収したところでした。本人、切符を取り忘れたことを自分で伝えると「何処から乗りましたか?」、「新幹線の名前は?」、「何号車ですか?」の質問に「小倉駅14時40分発、のぞみ22号○○号車、シート番号は○○、19時30到着です。」と記憶していたことをてきぱきと答えます。切符は程なく見つかりました。私は横について見ていただけでしたが、困ったときにもどうすれば良いかわかっているなぁと関心しました。

家に帰り着く前、今日の帰宅を知っていた友達から携帯に電話が入りました。新幹線の旅の様子や九州での様子を話していました。本人、おやじにはたくさんは語りませんが、今回の九州一人旅での新たな経験は本人にとって大きな自信になっているのではないかと思います。

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九州へ 帰省(2)

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久々の帰省でしたが、のんびりとそしてあっという間に過ぎてしまった3日間でした。カミサンは、家事や親戚、地域の方々への対応などそれなりに慌しかったようですが、普段の生活よりは少しはゆっくり過ごせたようです。私は、大した力仕事もなくのんびりと過ごさせていただきました。息子たちは、集まった「いとこ」や「はとこ」たちとにぎやかしく騒いで遊んでいましたが、波長の違いもあってかひと段落するといつものマイペースに戻ってそれぞれ勝手に遊んでいました。長男は、就学前の子どもたちに気に入られたようすで、遊びに付き合ってもらいたいとまとわりつかれていささか困っておりました。(苦笑)

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普段習慣がない息子たちにとって、お盆の行事はなんだかおごそかな雰囲気があるらしく、位牌に礼拝したりお墓参りで花や線香を手向ける際には、神妙な面持ちでみようみまねで行っていました。家の中に作られた祭壇や玄関の大提灯などもものめずらしかったようです。

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それと、盆踊りは地域の人たちが初盆の家まで出向いて踊っていただくのですが、昔から続く地縁の暖かさを感じました。

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3日目、日曜日、帰りの便が最終便だったのですが、午後、早めに実家を出て福岡の街を散策しました。昔の勤務先の近くにある大濠公園を家族と一緒に歩いていると当時が思い出されるとともに時の流れを感じました。気分的にはリフレッシュになったひとときでした。カミサンの友人と天神で食事をしたあと、長男は妹夫婦の家にあと3日ほど泊まるため、博多駅からローカル線に乗るのを見送り、21:30発の最終便で帰路につきました。

18日には、長男がひとりで新幹線に乗って帰ってきます。このひと夏の経験でまた一段と成長したかな。

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九州へ 帰省

今晩、羽田から福岡まで飛行機で飛びます。子どもたちからみたひいおじいちゃんが4月に亡くなり、初盆なので家族揃ってカミサンの実家まで行くことになりました。長男は先発で既に新幹線の一人旅で無事到着し、既に楽しい田舎生活を送っているようです。今朝、電話すると、昨日は地元の市立図書館に一人で行ったとのこと、今日は門司港まで鉄道や港などを見に妹夫婦に連れて行ってもらうらしい。図書館、鉄道いずれも彼の得意分野です。

さて、埼玉から福岡まで家族一緒に帰省するのは7年ぶりぐらいになる。九州へ行くのも4年前仕事で宮崎に行って以来だ。実は、会社に就職して配属先が福岡だった。その後足掛け12年九州で過ごした。主に福岡、鹿児島、長崎が生活の場であった、九州はいわば第二の故郷である。今後も九州についてはときどきエピソードを記してみたい。

今回の家族旅行といえるようなものもここ数年は日帰りぐらいでしかやっていない。久々に対面するカミサンの親戚の人たちに会うのも楽しみであるが、カミサンの故郷で家族一緒に過ごす数日間は自分にとってすごく楽しみなのである。

せっかく再び書き始めたblogだけどまた3日ほどお休みします。ではまた。(^o^)ノ

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日本一に登る(5)出発? 車がない

2004年7月17日(土)

原因は特定できていませんが、オーバーヒートする車では富士山に登れないことは明白です。この車なんとかならないかという気持ちはまだあるんだけれど、とにかく「きらしま」さんたちとの約束の時間もある。もたもたしていると出発時間がどんどん遅くなる。

レンタカー借りるしかないんだけれど、躊躇したのはやはりお金、いくらかかるだろう。思い切ってガソリンスタンドから勤務中のカミサンに電話する。「しょうがないじゃない。一台じゃ行けないんだから、レンタカー借りるしかないでしょ。」お墨付きもらって踏ん切りついた。アベニールはラジエータに水を補給しエンジンの温度が下がったので短時間ならそのまま動かせるそうだ。早速、家に戻って市内のレンタカー会社に電話することにした。

次男「深海」は、「俺、日産マーチがいい。」一応参考に聞きおく。自分としてはとにかく安いベーシックな車で3人と荷物が載ればいい。昔なら39(ざんく)シビックって感じ。あと、今晩は、車中泊なので車は小さくてもシートがフルフラットになるやつがいい。さて、駅前に集中しているレンタカー会社、5社ほどピックアップしてからいざ電話してみると、あらら、車が出払っていてない。1台確保したけれどセダン型でシートもフルフラットにならない。困ったと思いながら5件目に電話すると「エ~と、ベーシックなやつならキューブがありますけれど」「フルフラットになる?」「ちょっと調べます。。。。倒してみたけれどOKですよ。」「じゃそれすぐ確保してください。」料金などを確認して、アベニールで駆けつけそのまま荷物を載せ替えて出発することになった。

車を借りて、ほっと一安心。時間は既に14時40分。予定より40分遅くなった。途中、高速SAで待ち合わせを予定していた「う~」、「きらしま」ペアに連絡するとまだ落ち合ったばかりで出発したところらしい。よかった。子どもたちは予定外の出来事に出発時間が遅れて苛ついていたけれど、初めて乗るクリーンでしゃれた車に満足気。「おっカーナビじゃん」二人とも家の車では見たことのない文明の利器に興味津々、ルート設定などいろいろ試すがうまくいかない。とりあえず現在地表示にする。(あとで知ったけれど走行時のルート設定は危険防止のためできないようになっているんですね。^-^;)

とにかく、富士山へのアプローチは始まりました。

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日本一に登る(4)山頂編1

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山頂でご来光を拝んだ後、ゆっくり休憩でもしたら山頂郵便局で登頂記念便りを出してから最高峰の剣が峰を制覇して深~い山頂火口をのぞいてお鉢めぐりをすることで日本一を極めたことになると昔から自分自身で決めつけていた。明治28年に野中到、千代子夫妻が公設の高層気象観測所を富士山頂に建てるために、私財を投じて観測所をつくり、富士山頂ではじめて冬期気象観測を越冬したという事実を基にした新田次郎の小説「芙蓉の人」の世界に浸ってみたいという思いも持っていた。小説には、東京の道灌山の頂きに立って子供を背負った千代子が夫、到の安否を気遣って富士山を眺めているシーンが冒頭に登場するが、中学校の教科書に載っていて、当時、読んだときに抱いた富士山に対する憧れをを今でも覚えている。

でも、この暴風とガスの中での悪天候、山頂までたどり着きながらもお鉢巡りまでして最高峰の剣が峰まで行く人は少ないようだ。到着時間が遅く、なおかつ強風の吹く中でメンバー全員剣が峰に行きたいと言うものはいなかった。私もようやく辿り着いて欲がなかったわけでもないが、息子達の様子を見たら今はそこまで自分の思いを通そうという思いも強くはなかった。ここ(山頂)までこれたという事実は、また挑戦して再び山頂に立てるという自信につながった。最高点には、また、来ればいいか、と思った。到着してしばらくすると山頂にかかっていた雲が流れて消えてゆく、一瞬、視界が開けたかと思うとこれまで辿って来た下界から山頂へとつながる長い道のりが見えた。すぐにまた雲に覆われてしまったが、ようやく頂上に着いたんだという実感が涌いた。

写真は、剣が峰を背景に完全防備の次男の雄姿。

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長男の小冒険-2

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東京駅出発時間5分前、新幹線の窓越しで顔をのぞかせる長男。なんだか楽しそう。
#写真を添付できることを今頃知りました。とりあえず習いながら作ります。

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長男の小冒険

長男は、中学3年生、地域の中学校の複式学級(特殊学級)に通っています。
毎日、明るく、楽しく、学校生活を送っているようです。

長男には、広汎性発達障害という精神発達上の障害特性があります。
広汎性発達障害は、自閉傾向などと表現されることもあり、最近は自閉症スペクトラムという概念で説明されることも多いようです。その特性については、改めて書きたいと思いますが、周りのひととの関わりや相手とのコミュニケーションをとることがニガテな長男も成長とともに新たな経験を少しずつ積んでいくことで自分の生活圏を拡げてゆき、親とは離れて一人で行動できることがずいぶんと多くなってきました。

今年は、カミサンの実家で初盆があり、久々に家族揃って、埼玉から福岡県に帰ることになったのですが、5月ごろ、一人旅で九州まで電車で往復したいという本人たっての希望があり、カミサンとちょっとだけ顔を見合わせましたが、すぐに「ま、いいんじゃないか」と了解しました。

電車での一人でのお出かけは、日帰りで決まった行き先への往復は、日常茶飯事になり、まだ、多少の心配な面(忘れ物、落し物)はありますが、困ったときにどうするかが対応できるようになったので、安心して送り出してきました。今回は、約10日間のうち1週間を親兄弟のいない場所で生活するという本人にとっては往復の交通を含めた長旅であり、ひとつ本人が成長する中での大事な体験になるのではないかと思い、親もちょっと心配ながらも期待をしています。

今日は出発の日でした。朝、駅までカミサンの車で送ってもらい、私と二人で東武東上線、山手線と乗り継ぎ、東京駅まで向かいました。今回の一人旅用にと初めて手にした本人専用のプリペイド携帯を首から提げて、自分のお気に入りの宝物を詰めたリュックをしょって気分はわくわくなのでしょう。先頭車両の運転席やドアの扉の窓越しに外の景色を眺めながら鼻歌を歌っている様子でした。新幹線ホームで大好きな新幹線の先頭車両の前で記念撮影をしてあげました。はにかみながらも、デジカメの写真を確認すると自分の指定席の車両まで走ってさっさと乗りこんで椅子を見つけたら、ザックの中からラジカセやお気に入りの本をを出してすっかりくつろいでいます。気分はもう一人旅もーどなのでしょう。お互い感傷的な気分には全然ならずに窓越しのニコニコした笑顔に軽く手を振って700系のぞみを見送りました。

実家はカミサンの父が一人で農業を営んでおりますが、妹夫婦が近くに住んでいて、自分達が行くまでちょこちょこと面倒は見てもらう予定になっています。夕方、カミサンの携帯に(新幹線から長距離バスに乗り継ぎ)、待ち合わせの駅に無事到着した旨、妹からメールが入り、折り返し、本人の携帯に電話したところ、軽く「着いたよ!」の一言だったようです。明日は、部屋がたくさんある家のお掃除を手伝んだそうです。果たしてお祖父ちゃんとの田舎生活どうなることやら。長男の小冒険がスタートしました。

なお、これまでもときどき、長男の小冒険と題して、本人がチャレンジしてできた親の喜びを記したものを残しております。過去に逆戻るような形になりますが、改めてちょこっとしたエピソードなどを紹介してみたいと思います。

それではまた。(^o^)ノ

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日本一に登る(3)出発!

7月17日(土)出発当日は、朝からとても暑かったです。

前日の晩に集めただけで山のようになっている装備品を整理しながらリュックに詰めて行きます。かろうじて長男「ローリー」くんは前日までにリュックに自分の荷物は詰めてありました。次男「深海」くんは全く用意できていない状態、何も言わなければそのまま出かけてしまいそうです。結局、声を掛けていちいち確認しながらようやく揃えたという感じでした。

カミサンは今日も仕事、8時半に出かける際、「あんたたちホントに出発できるの?せいぜい忘れ物しないように。」とちょっと見放されている感じ。3人の身支度が整い、今日のために自分の父から借りた13年選手の車(日産アベニール)に荷物を載せてようやく準備できたのは9時を回っていた。カミサンは普段より忙しいらしく、出発は17時ごろになりそうとのこと。自分の軽自動車(ワゴンR)で後から出発。富士山須走口五合目に現地集合ということで別行動です。

今日は、午前中「深海」がSST(ソーシャルスキルトレーニング)に参加する日でもあり用事があり、今回は「ローリー」も一緒に車で30分かかる会場へ行きます。「ローリー」は館内の図書館でヒマをつぶしています。おやじは、一緒に参加している親御さんたちと話をしたり、SST終了後のミィーティングに参加したりといつの間にやら終了時間の12時になりました。昼食は「マクド」に立ち寄り、そこから、「きらりんしま(以下きらしま)」さんの友人「う~」さんの携帯に連絡します。二人(うら若き二人のレディは幼馴染らしい)は14時に待ち合わせとのこと。私はテレビ番組のタイマー録画のセットを忘れていたことを思い出し、自宅に一旦戻ることにしました。時間調整が難しいので出発したら携帯で連絡を取り合い、中央高速道に入ってから談合坂SAで待ち合わせようということになりました。さあ、いよいよ出発だあ。それにしてもうだるような暑さは何とかなんない?車のエアコン、送風最高にしてガンガン利かせているけれはずなんだけれど全然冷えないよ~。どうしたんだ~。

「マクド」を出てから車の中が冷えない。送風もなんとなく力弱いように感じてラジエータの温度計を見ると、な、なんとメーターがH(ot)のレベルを超えてしまっている。あ、コリャ、オーバーヒートってやつ?よく見るとボンネットの右側から蒸気だか湯気だかが出ている。コリャやばい、とあせって最寄のガソリンスタンドにそのまま駆け込んだ。

「もしかしたらオーバーヒートしかかっているんで、ボンネット開けて見てもらえますか」と頼み込む。店の人は暑い中、さらに暑くなりそうな話に付き合ってくれた。車をリフトアップできるガレージに突っ込みボンネットを開けてもらった。するとラジエータへの水補給口からもうもうと蒸気が上がっている。(実際は、ウォッシャー液補給口のふたが開いていて蒸気が出ていたようでもある。)「お客さん、この車すぐ修理に出さないとやばいよ。このまま、修理工場に持ち込んじゃって下さい。そうしないと安全は保障できないよ。」と言われてしまう。店の人に向かって私「え~、でもねぇ、今日は、これからすぐにこの車で富士山登山にいくんですけど~、ダメかなぁ。」
店員曰く、「高速乗ったりしたら一発で故障というか危険だよ。また、、急坂なんか登り始めたらすぐにオーバーヒートでどうにもならない状態になっちゃうよ。」
さてどうしよう?いずれにしろこのアベニールは使えない。じゃあどうする。。。。。時間は無駄にできない。私は回らない頭であれやこれやと考え始めた。 スタート時点から大ピンチ。。。。
さて無事山頂までたどり着けるのやら。

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日本一に登る(2)頂上へ

山頂付近はミゾレの混じる突風が吹き荒れる悪天候に身をさらす状態で雨風を避ける場所もなく吹きっさらしの中でとても寒かった。強風に耐えじっとしているとどんどんと体温が奪われているような気がする。もう、日の出の時間はとっくに過ぎていたが、薄明るさはあっても濃霧で周囲は何も見えなかった。

中3の長男と同伴してくれている二人のうら若き女性たちは、先を歩いてもう見えない距離になっていた。既に9合目の小屋跡のようなところ過ぎていたので標高はもう3600mを超えているはずだ。小6の次男は、カミサンのレインコートのフードを被り、タオルで顔を覆いメガネだけを光らせていたが表情は見えなかった。「お父さんもう帰りたいよ~。」と何度も何度も訴えられた。でも、もう登山道を降りる勇気を出すより、頂上を目指す方が息子への励ましになると思った。登山専用道を下る方が危険を感じた。

歩みを止めた息子を待つ時間が多くなった。ときどき肩から抱きかかえて「もうすぐ頂上に着くからがんばろう。頂上に着けば小屋でゆっくり休めるぞ」と励ました。息子もあきらめたように思い直して「あと何分歩くと頂上なの」という問いを発する。「そうだな~、あと40分かな。がんばれ」などと励ますのであるが、一向に残り時間が減らない。何度これを繰り返したのだろうか。今ではもう思い出せないが、とても長い時間に感じられた。次男は、ただ、私のあともう少しだよという声だけを頼って(騙されて)寒さに震えながら何とか足を前に出しているという様子だった。

火山性のざらざら石が足元で崩れ、次男は何度もころびそうになった。手助けなしで、自力で登ってもらいたいと思い求めてくる手を振り払って励ましていたのが、いつの間にかしっかりと手をつないで一緒になって歩いていた。

うなる風音と一緒に何か上の方で大勢の声が聞こえるなあと感じ、確かに人の声だとわかるぐらいになったところで見上げると鳥居のようなものと石垣が見えてきた。ようやく久須志神社の鳥居が、強風の濃霧の中に現れたとき、上から聞き覚えのある声が聞こえた。もう少しだよ~、がんばれ~という意味の「キラシマさん」と「う~さん」の二人の応援の声だった。長男の声も聞こえた。私は、胸がいっぱいになって感情が高まり「うぉー」という声にもならないようなうめき声を発していた。自然とあふれそうになる涙をこらえるのに懸命だった。次男にも「頂上だぞ」と声をかけ、手をしっかり握りしめ、一歩一歩ゆっくりとそして確実に踏みしめながら歩んだ。

7月19日(月)午前6時30分。本7合目の見晴館を午前1時30分に出発してから5時間が経過していた。次男と私は、とうとう須走口からの富士山頂に到達した。

私にとっては31年ぶりの場所であった。

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